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5)死の10日前
4.19:腹水、胸水、下肢の浮腫↑、坐位でテーブルに寄りかかったままとなる。
夜間鎮静開始後2〜3目状態安定し一時的に短時間の散歩が可能となる。
4.26:呼吸苦と全身のいたたまれない感じが増強。
頸部腫張し嚥下困難となる。
「何でも我慢する(治療のこと)から元気な頃に戻して」「(個室は)何時の間にかいなくなる人が入るから嫌」「前の部屋に帰りたい」と訴える。
友達の声が聞きたいと希望し、病室のドアを開放しスクリーンを立る。
問題点
医師は小児癌の親は最後まで治療を希望すると信じ、本心は諦めたくない。子供はなぜ治療できないのか納得しない。親は苦痛緩和を願っても医師には強く言えず看護婦に訴える。看護婦は両者の板挟みとなり無力感。小児癌の症状緩和の工夫と医師の意識改革へのアプローチを教えてほしい。
Wendy 医師も患者さんにも患者の家族にとっても非常に重要な心理的な要素がこのケースにはあると思います。両親にとって11歳の娘が死ぬのを見るのは非常につらいことですし、また医師にとっても女の子がそのまま死んでいくのを見守るだけというのは非常に難しいことだと思います。そして見えない形がもしれないけれども、親のほうからは一日でも長く娘を生かしてほしいというプレッシャーが医師にかかっていて、そして医師が必ずしもそれに応えられないような状況というのがあると思います。緩和ケアの経験がない医師であれば、こういったケースでは何とか治癒させよう、あるいはアクティブな・治療を何とかこれからも継続しようというように考えるのではないかと思います。
しかしながら私たちはこういった意識を徐々に改革していかなければならないのです。よい状態で死ねるように癒してあげるというのは、それ自体がアクティブな治療であるのだという意識をもっていただくように改革していかなければなりません。
死ぬのが怖いということが眠れないということに大きくかかわっていると思います。子供の場合にも死ぬということについて話し合っていく過程が重要であることを理解する必要があります、ただ死ぬという話を持ち出すきっかけというのはたいへん難しいとは思いますが、親が子供に対して死ということについて全く話したことがなかったということもよくあることだと思います。そういったこともあってオピオイドあるいはケタミンをある程度量使っていかなければならなかったりもしました。メタゾラール、ドルミカムですか、これはこういったケースには鎮静に非常に有用である場合が多いと思います。しかしこれらの薬が、死ついて子供と話し合い、子供の言うことを聞いてあげる代わりになるというわけではありません。子供の痛みを分かち合い、また家族、医師、ナースその他の人たちが聞いてあげて、子供の悩みとか痛みを分かち合ってあげる過程ではこういった薬を投与することよりもさらに必要なことなのです。
〔症例5〕
在宅での症状(寒痛)コントロール
野村内科クリニック
●Kさん、67歳、男性。元電線敷設工 宗教:なし、
診断名:肺癌・骨転移 同居家族:夫婦2人暮らし、
長女某大学病院看護婦長 キーパースン:妻
はじめに
疼痛のある末期がん患者に対して、モルヒネ投与によりその苦痛を緩和することが可能になってきた。しかし、何らかの事情により緩和ケアがなされないまま経過する患者もいる。今回私たちは、在宅においてモルヒネの副作用・習慣性のため、その服薬を拒否し、苦痛に満ちた日々を送っていた患者に対し、その投与法を変えることにより、安眠が得られ、QOLの改善と安らかな死を看取ることができた症例を経験したので、報告検討したい。
訪問開始までの経過
平成5年5月、上大静脈症候群を伴った肺癌と診断され、放射線治療11Gy実施したところで浮腫軽快し来院しなくなった。
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